Monday, September 5, 2016

これからどうする?

何が「oh, man」かと言うと、8月24日の半年検診で、ドクターがまたしこりを見つけて、念のためにと、MammogramとUltrasoundのオーダーを出し、26日にそれを受けに行った。
その時点で、Biopsyをして 細胞の検査をします、という事になり、6月30日にそれを受けた。リンパ節と右胸のしこりのある部分と2ヶ所のBiopsy。今回はちょっと痛くて、またこれをやってるという事実に 泣けて来た。
それからテストの結果報告を受ける9月2日までの日々、また改めて「死」を考えた。
人間こういう事態にならないと「死」の事を考える事はないけど、また そのテーマが私の前にぶら下がって降りて来た。
ドクターに ちょっとしこりを感じるので、MammogramとUltrasoundをやりましょう、と言われたその瞬間に、とっさに心に浮かんだのが、「仕事辞める」だった。
それが一番先に心を走った。
色々頭はグルグル。
死の宣告を待っているのような、そんな場所に置かれている私。

この間、またLouise Hayの本を取り出して見た。
ある節に 心が留まった。これを読んでたら また涙が出て来た。
「We have so many negative beliefs about death, yet it's a normal and natural process.  We're all born and we all die.  Why are we so frightened of death?  We weren't frightened to be born.  My feelings at the moment are that if we learn to live a joyous life, then we'll automatically have a joyous death.」

そして9月2日のドクターからの結果報告は「ポジティブ」だった。
脇のリンパ筋はネガティブだったけど、胸のしこりにまた癌が見つかったと。
仕事中。電話を切って 自分のデスクに戻り、コンピューターを見つめる。何にも見えてないし、頭はまっちろ。
「さあ、どうする、あたし。」

ああでもない、こうでもない、こうか、いや、ああか、と、頭の中はいろんな考えや選択肢でもうカオス状態。
何も決断できない。
このままドクターに押されるまま、また手術をし、放射線治療、抗癌剤治療のフルコースを辿るべきなのか、それって自分がGive inしている事になるのか、それともそれは生きる為の精一杯の努力をしている、という事なのか。
江原さんの本には、人間生まれた時から寿命は決まっており、これらの諸々の治療をして長生きしたかのようでも、それは元々の寿命であったという事。極端な話、どの選択を取っても、延命を施しても、死は必ずやってくる、そしてそれは、それぞれが生まれた時から定められた寿命なのである、と。
それが本当だったら、最後まで元気ではつらつとした ベストな自分の状態を保って死を迎えるというのもチョイスじゃない? あの医療の3ミールコースで精気を無くし、ヨレヨレになり、Depressした気持ちで最後を迎えたくない。それって Give upするという事?「戦わない」とか「努力しない」という事になる?
私は これからももっと自分を労り、良い食事を与え、心と身体をNourishしていく努力をしていく方を取りたいと思う。毒を与えるのではなく。それって 人は無知と言う?
でも私の身体はそれを求めていないのは すごくわかる。

今週の水曜日にドクターと面接をして 今後の事を話すよ。
おきまりの3ミールコース以外のオプションを聞いてみる。たぶん、他のオプションは無く、このコースを押し付けられるのは目に見えてるけどね。

頭はグルグル、何が正しいのか わからない。
心は実は何をしたいのか 知っていると思うけど、頭がそれは「正しいこと」なのか?という疑問をかぶせてくるので、またわからなくなる、というサイクルを繰り返しているよ。

ドクターからの電話の翌日9月3日、Meeganのクラスに行った。メンバーの一人に臨月に入った妊婦がいるんだけど、ここ2週間ほど来ていないから、ベイビーが産まれたのかも、と思っていたら なんとまだ大きなお腹で登場した。いったい出産予定日はいつなの、って聞くと9月7日と言うではないか、、。アメリカってほんとすごいよね。女ってスゴイ。ぎりぎりまでエクササイズをやるっていうこの気合い。彼女のお腹をさわらせてもらった。こんなかに新しい命があるんだ、とあらためてしみじみと感じる。死ぬものあり、そして生まれるものあり。本当に自然界なんだよね。
クラスの帰り際に、Stacyが「Have a good day Kyoko! Oh I love your shoes!」と万遍の笑顔で私に手を振ってきた。
「Thank you!」と笑顔で返して外に出るや否や、涙がゴーっと飛び出してきた。
車に急いで飛び乗り、家までの運転中、号泣。ここにて 初めて大泣きした。

家に帰ると Mr. Hubbyが、「James said he sent you a prayer」と言った。ありがとう、James。こういう人からの祈りが パワーとなって私を守ってくれる、導いてくれる力になってくれる事を望むよ。

人間こうやって死を現実として目の前につきつけられないと、「生きるという事」を考えないものだけど、今回のこのお告げ第二段で 私もまた 自分の人生の事考えているよ。いっぱい。

昨日10年以上ぶりに「American Beauty」を観た。最初に観た時にはわからなかったこの映画のメッセージがが今回は明確に見えた気がした。これはとっても深く、いい映画だと改めて感心した。私も最後の言葉が「I am great」で終われる人生になるよう、自分の人生の舵の回し方、考えないと、と思った。
本当にそこちゃんと考えなさい、っていう サインをまた受けた気がするよ。
昨日Rieちゃんと電話で話をしていて、私が彼女に送ったEmailの中の「一番最初に思ったのが仕事を辞める事」というところに、彼女が ああ、って思ったって。 
「うちら お金の余裕のないバックグランドで 今までずっと、生活の為に、生きるために、お金を稼ぐ事が第一、で仕事を選んできたけど、もう それ、やめなきゃだめだよ。」
どんなに食事を変えて、運動頑張って、気持ちの持ちようを変える努力をしていても、自分自信がストレスに感じる、Happyでない環境に身を置き続けてたら、病気はぶり返してくるだけよ。
You are right。

いやー、ほんと 考えるよ。いろんなこと。グルグル、グルグル。頭の中で 両者対立でDebateが起こっている。ずーっと。

「American Beauty」のお父ちゃんのように、人生の軌道修正が必要な気がする。自分がHappyで居られるのか、そこ目線を置いての選択を 私もする必要があるね。後の事を怖がらずに。必ずうまくいくと信じて。幸せだったよ、と言える最後を迎えられるような生き方、その選択を私は自分のためにしなきゃいけないんだよね。

今日のBarre3のインストラクターからのメッセージ。
「It is not about destination. It's about the journey to get there」









Saturday, September 3, 2016

Oh man,

Cancer, Saturday, 27 August 2016 

Your Week Ahead: This week brings the chance to start afresh and renew your commitment to the key stories that run through your life. The wheat and the chaff will become more clearly separated. You can begin to differentiate between what you need on your journey, and what you can do without. It's as if a veil lifts and you see things for what they truly represent. Though much will stand up to this scrutiny, there may be casualties too. Jettisoning things will only make it easier for you to move forward in the right direction. It's a week for new endings as much as beginnings.



先週は まさに この真っ只中に立たされた私。
頭の中がグルグルしてる。
両極端な2つの面の真ん中に立っている感じ。
どちらを選ぶべきか、どちらを選ぶ事が自分にとって最も正しい選択なのか。
私にとって必要な選択はどっちなのか。
どの決断を持ってこれらの 私の人生の新しいステージの第一歩を踏み出していけばいいのか。
どっちにしても 新しいジャーニーの始まりである事には 変わりない。

私、これからの生き方、問われているよ。








Bone Broth 断食

今週の月曜日から4日間、今年第二段の断食をした。
今回のメインは Bone Broth。
先週の日曜日の朝、Whole Foodsに行き、牛の骨と、セロリ、ニンジン、玉ねぎ、パセリを買ってきて、一日火にかけて でかい鍋一杯にBrothを作った。

これを 断食初日の朝、To go mug cupに入れて 会社に持っていき、朝食として仕事しながらちびちび飲む。
後は緑茶と水で繋ぎ、夜またスープを温めて 夕食として取り、寝る前に野菜ジュースを作って飲む、というルーティーンを4日間やった。
今回は野菜ジュースとは違う栄養の入ったBone Brothをメインにしたからか、お腹が空いて辛い!というのが無かった。極度に痩せた感じもないし、良い状態で断食ができた気がする。
Bone Brothに含まれているコラーゲンがスゴイと聞いた。
そう聞いたせいか、なんかお肌がツルツルになった気がする。
一人でそう思っている。

なんか、先週突然思い立ったんだよね、また 断食しよう!って。
また身体の浄化作業と、デトックスをしたい、という気持ちになった。
そして 思い立ったが吉日、即行動に出る。
不思議な事に この4日間、誰からも飲みのお誘い無し。
誰にも言ってなかったんだけど、しーーーーん、って感じだった。ウケる。

昨日の夜から Brothの残りを使って大麦のお粥をつくり、復活。
今日Meeganのクラス行ったけど、それほどヘロヘロではなかった。よしっ。

毎回断食中は大便が出ない。
そして昨日、Apple cider vinegarを水で薄めたやつをコップ一杯飲んだら、きゅーっと来てトイレに駆け込んだら、待ってたよーってぐらい出た。Phew。

身体って 面白いね。生きてるね。





Wednesday, August 10, 2016

一人でバーに行ける人

世の中には、一人でバーやレストランに行ける人と、行けない人がいると思うけど、
私は完全に行ける人の枠に入る。
昔っからそれは平気だった。
なんでだろう。
まず、なんで 行ける人と行けない人がいるのだろう。
その違いって 何なんだろうね。

私は親に鍛えられたと思っている。
幼稚園の後半や、小学の低学年から 病院に通うのも一人で行かされたし、留守番も一人でしたし、初インスタントラーメンも電話のインストラクションで 作らされたし。
常に 独立している事、一人でマネージ出来る事、を強いられた。末っ子なのに。

あとは 一人遊びが上手だった、というのもあるのかな。
思いっきり空想の世界に入った Imaginary worldの少女だった。
空想の世界で色んなストーリーの中にいる自分が好きだった、と思う。

子供の頃、「喫茶店」=大人の世界にに一人で入った。
店の人や ウエートレスのお姉さんが 私の事をどう思っているのか、しっかり感じていた。注文した物は、やっぱりそこは子供で、アイスクリームだった。
ワンスクープ、ウエハース一枚付き。

私はいったい何を思ってそういう行動をしていたんだろう。
オトナの世界に触れてみたかった、という興味本位だけではなかった感じがする。
よくわからないな。

20才になって、バーとかにも一人で行って、他の客と仲良く飲んだり。
私は 人見知りが激しく、シャイで、なかなかオープンに自分を表に出せない人間なのに。少なくとも子供の頃はそうだったし、親にはいつもそれを指摘されていた、のにもかかわらず、一人で行動が出来る。これって何なんだろうね。

地元では、高校の先輩の隠れ家みたいなバーに一人でしょっちゅう行ってた。従妹のダンナのバーにも、従妹が知らないうちに一人で常連になっていた。

アメリカに移ってからもその習性は同じ。
たまにふらっと一人でバーに行く。レストランにも行く。
バーテンと話たり、隣の客と話したり。

最近、新しい本を買った。
私の大好きなStorm Largeの「Crazy Enough」という本。
今その本から手が離せない。

仕事帰りに、ふらりとその本を持って バーに入る。
カウンターに座って Bubblyを頼む。
ストリート側の窓が全開で、柔らかい風が入って来て、気持ちいい。
客もまばらで、静かな時間が流れている。

本を開いて、Stormの子供時代の世界に入って行く。

なんか、こういう時間、カフェで過ごすような時間、
私は時々、コーヒーの替わりに、美味しいワインを選ぶ。

こういう時間、たまには必要だと思う私。
友達にテキストして呼び出そうと思ったけど、止めた。
今日は一人でこの空間と時を楽しみたいと思ったから。















Tuesday, August 2, 2016

いってらっしゃいと おかえりなさい

昨日 江原さんの本を友達から借りて読んでいたら、こんな節があった。
言霊とか言うように、自分の発する言葉には、パワーとエネルギーがある、という話の中で、
「いってらっしゃい」は 守りの言葉で、「おかえりなさい」は お祓いの言葉だと。

うわっ、て思った。

これはすごい。そういう捉え方って、今まで考えた事なかった。
何故 いってらっしゃい、やら おかえりなさい やら言うのか、親も、誰も、教えてくれなかった。ただ、そう言うしつけをうけ、この人生、そうしてきた。日本全国民がそうしつけを受け、日常 自然にそれを行っているように。

Mr. Hubbyに最低の挨拶の言葉は日本語で言わせようと、「頂きます」やら「ごちそうさま」やら覚えさせた。「ただいま」「おかえり」は日常化している。「いってらっしゃい」「いってきます」は中途半端な感じで 使ったり、使わなかったり。
これらの「挨拶」を教える時に、「意味」とか「英訳」の説明に困った。古い挨拶の言葉だから、発祥はもっと深い意味があるのでは、と思ったりもしたけど、わからずしまい。
「私なり」の適当な解釈で Mr. Hubbyには説明していた。「必ず言わなきゃいけないんだ」と添えて。

「いってらっしゃい」が 守りの言葉で、「おかえりなさい」が お祓いの言葉だとしたら、本当にちゃんと日常言うべきだ、と思った。

帰ってきたMr. Hubbyに 早速その重大さを説明し、これからきちんと 家を出る時、家に帰った時に、そういう気持ちを込めて お互いに声を掛け合うようにしよう、話をした。

なんか、そういう声掛けの大切さを 改め学んだと思った。
それが言霊となって、ポジティブなエネルギー作用となるならば、やるでしょう。
しかも そういう意味があるんだと思えば、言う時の気持ちもこもるしね。今までみたいに、ただ言い放つのではなくてね。

これはちょっといい発見だったな、と思った。

ホントたまには 本を読むもんですわ。






Tuesday, July 12, 2016

人生初ティファニー

やっと会社からもらったティファニーのギフト券使った。
早いとこ使わないと、いつか無くしそうだったわ。
そんなショッキングな事になる前に使っておかなければ、と店に行った。
アタシの人生初ティファニーの買い物。
どうしても何か買わないといけない、というこのギフト券の存在。
バブル期のティファニーブームの時には 完全に毛嫌いしていたが、今はそんな狂った騒ぎも無く、まあ、一個ぐらいなんか持っててもいいか、という気分になった。

店に入ると、やっぱしカップルや、観光客っぽい人達、あと成金ぽく、こういうブランド物ばっかり買いあさっているような人達がいた。なんかTypicalな光景。
ショーケースを覗いていると、お店の人が飲み物をオファーしてくれた。「シャンパン」という名前は出てこなかったので、お水を貰うことにした。ボトルのお水を飲みながらショーケースの周りをゆっくり歩く。店員のお姉さんもゆっくり付いてくる。
$250という金額で ティファニーでいったい何が買えるのか。
まあ、シルバーアクセサリーしかないでしょ。
でも今さら昔大流行りしたデザインは買いたくない。でも せっかくならちょっと「それティファニーちゃうけ?」と微かに思われるくらいのデザインがいい、なんて思ってた。

で、選んだのがこの「スターフィッシュ」。
チェーンが長かったので、チョーカーぐらいの短さに直してもらえるか、と聞いたら、無料でNYに送って直し、無料でお宅まで郵送します、というではないか。
おお、それはなかなかのサービスね。
でもこれ$235。残りの$15どうしたらいいのよ。ティファニーでは物凄い中途半端な残額。この$15を使う為に、また自腹で$200ー$300追加しなかればいけない事態になるではないか。この私の胸中をお姉さんに伝えると、$15くらいなら現金でお返ししますよ、と言う。決まり。現金の御釣り$15にやられた。

そして昨日、修理を終えたネックレスが届いた。



かわいいよ。どこか品があって、さりげなくって、いいよ。
でも手に取ると、これが、このシルバーが $235かい、、、って思ってしまう。
プラダのナイロンのバッグに相当する、不可解な商品バリュー。
「ブランド力」って恐ろしいね。

まあ、せっかくの贈り物なんで、大事に付けていきますわ。

アタシが付けているのを見たら、それティファニー?って聞いてね。





Sunday, July 3, 2016

Bill Cunnigham

Bill Cunninghamが亡くなったニュースを聞いてから、2010年に観た彼のドキュメンタリーを思い出した。ファッションが大好きで、ニューヨークのストリートで40年間、ファッションを撮り続けた。彼は有名人とか、モデルとか、ブランドとか、そういうレッテルには全く興味なく、ただ自分の目で見て、Billl曰く「Stunners」であると目に留まった人々を撮った。それらの多くの人々はファッションが好きな普通の人々。後から見たり、人から言われて、J.F.K Jr.夫妻だったとか、有名な女優だったとか、気が付く始末。Vogueの敏腕編集長のAnna Wintourも彼女が大物になる以前から すでにBillに写真を撮られ続けていた。
私は自分も写真が好きだし、ファッションが好きだから、彼のドキュメンタリーフィルムが上映された時、彼の事知らなかったけど、凄く興味が沸いて観に行った。
「Bill Cunningham New York」2010年。
とっても印象深いドキュメンタリーだった。撮影された時のBillはほとんど80歳近くになっていたはず。毎日自転車に乗ってNYの街に繰り出す。街角に立ち、行き交う人々を観察する。「Stunners」を見つけると、素早くシャッターを切る。そのフレームに収まった人達のファッションは生き生きとしていて、何か強い物を発信していた。

6月25日 87歳で亡くなった。ニュースの記事には、近年身体が弱ってきているのは見て取れたが、Billはこの春もオフィスに来て、次の号に載せる写真を選んでいたあった。
本当に死ぬまで、自分の好きな事、Happyだと思える事をやった人だった。

私はまたあのドキュメンタリーを観たいと思った。
前に上映したLiving Room Theaterが上映するんじゃないか、上映してほしい、と思っていた。すると本当にTributeで上映しているのがわかった。さすが、Living Room Theater。
それで 上映最終日の30日に 観に行って来た。

30日はBillのお葬式の日だったというのが後でわかった。
なんか私、Remoteで彼のお葬式に行って来たような気がした。

ドキュメンタリーの中で、「出版社から送られてきた小切手を破るのよBillは」と、昔のエピソードを語る人がいた。「報酬の小切手を破る」「Billに切った小切手がオフィスで溜まっている」。Billは お金が最も安価な物である、と言う。ファッションを撮る事は 自分が一番大好きな事。お金を貰うと、報酬の事を考えると、自分が100%のコントロールを持つ事ができなくなる。そんなバカげた事はない、と言う。

ここまで自分が好きな仕事を見つけられるって、スゴイと思う。私もそういう生き方をしたい、そういうパッションを持った仕事をしたい、といつも思っていながらそれが見つけられていない、出来ていない、というところで、よけにBill Cunninghamに興味を惹かれるんだと思う。

87歳という年齢で亡くなる最後まで、自分の大好きな仕事をし続けた人。

彼の作品の素晴らしさと共に、彼の人間性、在り方は、私の心にずっと残っていくだろうな、と思う。