Sunday, December 13, 2015

高知、retrieve myself


地元に帰るといつも 自分の原点に戻れた気がする。
忘れていた自分、無くしてしまった自分、押し殺していた自分を もう一度取り戻す、というか、自分のオリジナルルーツにリセットする機会になる、というか。
いつもそう思う。何故なんだろうな。
あんまりしょっちゅう帰ってないせいなのかな。

地元の友達は いつもそこにいる。めったに帰らない私でも、帰るとなると いつも手を広げて待っていてくれる。それでいて、昨日も会ったばかりかのように 何にも特別でない再会だったりする。何にも変わらない。彼女らは、家庭を持ち、仕事を持ち、子供を育て、いろんな苦境がありながらも、常にポジティブで、明るくて、笑いが絶えない。苦境にやられきれない精神と、前に進み続ける強さがある。そして 愛情が一杯。
地元の空気も、食べ物も、人も 変わりなく存在する。
そんな中で、私は 昔の 「世間」を知る前の自分に戻れた気になるんだよね。
アタシはアタシでいいんだ。この原点の私をもう一度再確認し、大事に守っていかなければ、と思える。

アメリカに住み始めて、アメリカの文化や異国の人々の習慣の違いを学ぶもしかりだったけど、アメリカに住む日本人のコミュニティーの中で、日本の各地から来ている人達の価値観の違いも学び、どっちかというとそっちの方に戸惑った。田舎から 日本の他の都市を飛び越して 外国に行き、そこでサバイブする事は 色んな意味で 自分を変える必要があった。フレキシブルで、柔軟で、たまには自分を押し殺したり、Noと言えなかったり、Yesと言ってしまったり。自分が「アタシはこんな人間ではないのに」と、フラストレーションに思う事もあった。
もし自分が地元に住み続けていたら そういう経験はしなくてよかったとは 思わない。どこに住んでいたって問題は起こるもの。でも、自分を見失う、っていう事はなかったんじゃないかな、と思ったりする。

もしからしたら それは自分のただの思い込みで、これは私の成長の一環で、別にネガティブな事ではなく、新しい自分へと脱皮しているのかもしれない。

それでも、地元に帰ると、自分の原点に戻った感覚は脱ぎ去れない。
すっかりまとわりついた煤を落とし、「本当の自分」を登場させる。それでいいんだ、と思うこと。この作業は 私にとってカウンセリングに行くのと同じ事だな。
数年に一度、$2000とかかけて行く カウンセリング。

断然必要です。


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