Monday, June 25, 2012

生きているということと、死を迎えること 2

6月24日、私のXX歳の誕生日が来た。
23日の夜、友達を呼んで Birthday partyを開いた。
Mr. HubbyのBossの素敵なHouse Boatをお借りした。
Mr. HubbyがHead Chefとなり、Spainから来たLuthとMariaが助手となり、料理を次から次へと作ってくれた。
愛する友人達が集まってくれて 本当に楽しいひと時を過ごした。
美味しい手料理とワインと盛り上がる会話。
誰もがニコニコ笑顔。
生きている幸せ感と喜びを感じた。
もう橋の上から飛び降りてやるっ!!て思うほど 辛い時もあったのに、それは過ぎ去った過去となり、幸せだああ!って感激している今日が来た。
人生って 本当に面白い。

本当に、時は 川のように流れていくんだね。

生きているということと、死を迎えること 1


Mr.HubbyのGrandpaが97歳の誕生日を目の前にして、亡くなった。
音楽が好きで、いつもギターを弾きながら歌っていた。
バンドを結成していて 毎週仲間と集まり、定期的にライブショーを行っていた。
2、3年前、Mr. HubbyがRecordingをしてあげた日、Grandpaの90ウン歳の記憶力に驚いた。楽譜を見ずに、次から次へと いろんな曲を弾き、歌っていた。
Techonologyにも興味があり、ComputerやInternetに 怖気づくこともなく、いつも先端の情報に敏感で、Recorderや カメラ、ビデオカメラなど 最新の物を使ってた。
1時間半離れた所に住んでいるパパが どんなに自分と一緒に住もうと言っても聞かなかったGrandpa。
バンド仲間のいる町から去ることは 絶対にできなかった。
亡くなる一ヶ月前も 恒例のライブをバンド仲間と行った。
毎週末、パパはGrandpaを訊ねて 一緒にお茶をしたり、ご飯を食べたりしていた。
亡くなる一週間前の日曜日も 同じように二人で時間を過ごした。
水曜日、具合が悪くなったGrandpaが 自分でLife line サービスを通して 救急車を呼んだ。
運ばれて24時間以内で、眠るように亡くなった。
大往生で、家族の手をかけてないで亡くなったGrandpa。
すごい死に方だな、と思った。
パパが電話で 泣きながら報告してきた。
”I just can't believe it. I was with him this Sunday, chatting and spending time with him. And 4 days later, he is gone."

Grandpaが亡くなった週末、パパと一緒に Grandpaの家に行った。
さっきまで生きていた生活が残っていた。
また戻ってくるかのごとく、居間や台所や寝室が残っていた。
でも もうGrandpaは居ない。
消えてしまった。もう存在しない。
不思議だった。

まだ水で土が濡れている鉢植えのプラントがあった。
私は それを形見としてもらった。
この植物は 引き続き 水を与えてもらって 生き続けなければならない。
私がGranpaの後をついで 水を与えていくよ。

Sunday, June 10, 2012

Hood River 48hours Film Festival

先週、Hood River 48hours Film Festivalというのに参加した。
開催から 48時間以内に撮影、編集をし、7分の映画に収め、DVDに落として、提出しなければならないというEvent。
金曜日の夕方Hood River入りし、5時半から 趣旨、ルールの説明があり、6時でカウントダウンが始まった。
日曜日の6時までに 提出しなければ 失格となり、受け付けてもらえないのだ。
うちのCrewは Mr. HubbyがDirectorとなり、Hood Riverに住む映画監督DanがCamera manとなって結成。さっそくRoseburgに住むKeithに電話で、趣旨とルールを説明、金曜日の夜中までに脚本を仕上げる。その脚本を元に、Portlandに住むMusician、Mikeに連絡をし、この7分の映画のためのオリジナルの曲を作曲してもらうよう段取る。Seattleから来たIsabelがPropのリストをあげ、製作にかかる。
土曜日の早朝から 撮影開始。Portlandから呼び寄せた役者、TomとKateがメインキャラクター。Davidがドクター。皆金曜日に渡された脚本を読み込む。

Mr. Hubby - "Camera?"
Dan - "Rolling"
Mr. Hubby - "Sound?"
Conner - "Speed"
アタシ(もちろん カチンコでアシスタント参加よ) - "Scene 1 A, Take 1"  (カチンコを鳴らす)
Mr. Hubby - "Action!"

撮影と同時進行で、EditorのLuthがスタンバって、撮り終えたシーンを次々にコンピューターに落として行き、編集を始める。

土曜日 一日かけて 撮影。夜にすべてのFootageをコンピューターに落として、Mr. Hubby, Dan, Luthの3人で 一斉に別々のシーンの編集にかかる。
夜中に Mikeから 曲が仕上がったと連絡が入る。
さっそく送られてきた3曲をチェック。どのシーンにどの曲のどの部分を使うか、Discussionする。
編集は夜中までつづく。

日曜日の午前8時、残りのシーンの撮影に出かける撮影班と、引き続き編集する編集班とに別れ、製作は続く。
午後は編集のみに集中。時間と睨み合いながら 編集は続く。後、3時間、2時間、1時間!
そして 5時50分、ついに完成!しかし、DVDに落とす時間がない!Production Manager的存在のRubanが Hard Driveを手に走った。

6時、Rubanから電話が入る。"We made it!!!"



いやー 信じられない。We made it happen!って興奮状態。
誰もが 最高のチームワークと、皆が集まり、一つになって一つの物を作り上げた事に、感動でいっぱいになった。その後のサケが上手かったってなかったね。


そして、1週間後、昨日の土曜日、Hood RiverのArt Centerで 参加者の作品上映と、優勝者の発表があった。
Remoteで参加したMikeもKeithも駆けつけた。
うちらの作品が優勝間違いない、という勢いと自信で満々だった。
うちらの作品がトリで、上映された。
沢山の笑いが沸き起こり、手ごたえアリ!な感じだった。

が、しかし、優勝にはならなかった、残念なことに。
うちらも認めるすごい作品があって、それが優勝賞金をかっさらっていったよ。
納得いかない選考ではなかったから、まあ、しょうがない!っと落胆しながらも 受け入れられた感じ。
その後は Crewが集まってHood RiverのMexican Restaurantで慰労会よ。
マルガリータで乾杯。
優勝はしなかったけど、皆が集まって力を合わせれば、We can make it happen!その体験ができたことが素晴らしい、と、もうそれだけで よかった。皆の顔から笑みが止まなかった。

It was really fun!!


撮影シーンは”Arts"へ。

Saturday, June 9, 2012

1年後に辿り着いた所

東北大震災から1年後、Oregon の海岸に その瓦礫が流れ着き始めた、っていうニュースを聞いた。
地震発生後に、津波で流された様々な瓦礫が 最終的には アメリカの西海岸、特に北部に流れ着くだろうっていう予測を聞いたのだけど、本当に来た、と思った。
昨日聞いたニュースでは、津波で破壊されたある港のドックが オレゴンの海岸に打ちあげられた、ということ。このドックが 経路、いろんな天候の中、途中途中の生殖物を掻き揚げ、拾い上げ、オレゴンの海岸に連れて来て、これがオレゴンの海の植物生態を変える原因になるかもしれない、って。
なんか、すごい。自然て、すごい。
これから もっともっといろんな物が 流れ着くのかな。
オレゴンでは 特別対策班が結成されたとか。

そういえば 先日、たまたま見たドラマで、東北のある家の家宝である刀が流れ着きて、それをめぐるドラマが展開され、最終的に持ち主の一家に戻る、っていうのやってた。

家屋の瓦礫とかなら 処理のしようもあるかもしれないけど、誰かの名前が入っていたり、パーソナルな物が打ち上げられたら どうするんだろう。
特別対策班は 写真を撮って Webにでも載せてよびかけ、持ち主を探したりするのかな。